Our Friend in Kanazawa

(日本語) 外の人と中の人で生み出す「創発性」が金沢の未来を作る /株式会社ビーイングホールディングス代表取締役 喜多甚一さん

Sorry, this entry is only available in Japanese.

前半に引き続き、金沢の物流企業、株式会社ビーイングホールディングスの喜多甚一社長にお話を伺います。

喜多社長が考える「100年後も金沢に残っていてほしいもの」とはどんなものなのでしょうか?

前編はこちらから

 

変化する街には「よそもん」が必ずいる

T:金沢の人の大半はずっとここ(金沢)にいます。これからの金沢を作る時、何をどう、作っていけばいいのでしょう?

 

K:一度金沢から出た人、もしくは金沢以外の人たちが金沢を作っていくでしょうね。歴史的にもそうです。その地域の人々が外に見聞に行って、その地域を変えたり、外から来た人の影響によって地域が変わっていく。外部との入出力がないと変化しません。

鎖国では何も変わらなかった日本が、明治維新後に急激に近代国家に成長しました。それは、日本人がちょんまげで世界に出てみたら、誰もちょんまげをしていない。開国して初めて、世界のいろんなものを見ることができて、触ることができて、自分達を変えていかなければいけないということに気づいたのです。

 

T:私達こみんぐるは「100年後も暮らしたい金沢を作る」とビジョンに掲げています。関係人口を増やすための「よそもん会」なども今後、事業にしていきます。喜多社長がもし金沢のまちづくりを手がけるとしたら、どうやっていきますか?

 

K:僕だったら、金沢の人達と金沢以外から来た人達の交流の場を提供していく。そこで、何か一緒にやってみよう、という機会を増やすかな。

 

T:喜多社長がそこで表現したい金沢とは、どういうものですか?

 

K:僕が、というよりも、その環境で創発的に出てくる化学反応に期待をします。

大切なのは、その人達が『何かを生み出していくこと』。生産的な活動というのはとても大切です。ただ仲良くなるだけではコミュニケーションでしかない。会社をやるとか、一緒にものをつくるとか、生産的な活動に変化することが、非常に大切だろうと思います。

 

T:テーマを金沢に限らなくても、『この場に集まった人達で何かをする』ほうが大事、ということですね。

  

会社のイノベーションも、街のイノベーションも、創発性から生まれる

K:例えば、きっかけとして金沢の良いところ・嫌なところを話し合うというのはいい。けれど、それだけだと単に問題解決になっちゃって、ちょっと違う。

皆でバーベキューしようよ、とかの交流の中で、お互いで気づいたことを自由に発言し合っていく。「今ここで何か、生産的なものが生まれた」という瞬間を見つけることがすごく大事。

会議の場でイノベーションは起こらない。リラックスしたところで好きに言い合って、イノベーティブなアイデアが生まれる。これは周知の事実です。

その中で「それはいけるかもしれないね」「それは面白い」というのが創発性だと思いますね。そのほうが金沢にとってもいいんじゃないかな。

 

T:これが最後の質問です。喜多社長がお考えになる「100年後も金沢に残っていてほしいもの」は何でしょうか?

 

K:金沢らしい文化だね。

 

T:というのは?

 

K:金沢人としての属性をあらわす金沢らしさみたいなものかな。「文化」というのは、属性をあらわすものです。日本の文化は、日本人が固有にもつ。例えば日本語であったり、服装であったり、日本人の生活様式であったり。そういう日本人に共通するものすべてが、文化と呼ばれるもの。日本語も日本文化、箸も日本の文化、畳も日本文化。

 

金沢の文化がつくるもの。それが金沢らしさ

K:それと同じく、金沢には金沢の文化というものがあります。金沢という街は、器でしかない。そこに住んでいる人達も、器の一部でしかない。その器の中にある目に見えないもの。茶の湯でいう、わびさびみたいなもの。それが金沢の文化だろうと思います。

日本で生まれたら、日本人のように育つ。金沢に生まれたら皆、金沢人のように育っていく。金沢に長いこと住めば、金沢人になっていく。

人は文化に染まっていくものです。その土地の人がどんな生き方をして、どんな考え方をして、何を大切にしているのか。そういうものが文化と呼ばれる。

少なくとも僕は、金沢には素晴らしい文化があると思っています。その地域で生き抜くためにいろいろと考え出された知恵や習慣がある。そういう文化を残せる金沢であってほしいし、100年後もいい文化の街でありたいです。

 

T:喜多社長ご自身は金沢人だと考えていますか?

 

K:どうなんだろうね。宇宙人だっていう説もあるよ(笑)

 

T:地域を超越しているんですね(笑)

 

喜多社長の「金沢人」観

K:入口がゆるくて、出口がシビアで狭くなるのが金沢。富山は逆に、入り口がしっかりしていて、出口は意外と寛大にやらせてもらえます。だから富山には大企業が多い。金沢は中小企業天国みたいな土地ですよ。

でも、金沢のように中堅どころの社長がたくさんいる街というのは、お金の巡り、つまり経済スピードは早くなります。1人勝ちもないけど、なんとなくみんな飯が食えて、適度に金を使う。なんとなく経済が回っていく城下町、商人の街です。

 

T:北陸新幹線ができて、県外の人がどんどん来るようになりました。外の経済が入ってくるようになった今、「なんとなく経済が回っていた」感じが、かつての金沢にはあったなあと思います。

 

K:「(県外から来ると)金沢は商売しやすい」って言うものね。すぐにウェルカム、「ようこそ、いらっしゃい」って言ってくれる。

交易がその都市を豊かにします。他所からどんどん人が来て、その人達が運んでくる異文化と地元の文化が混ざり合い、新しいものを生み出していく。

「発想力は移動力に比例する」と言います。多くの距離を移動した人は発想が豊かですよ。

だから、金沢も旅人がたくさん集まる街。たくさん歩いた人が休憩する街であってほしいです。


 

≪編集後記≫

「運ばない物流」って何だろう?というのが取材前の疑問でした。物流ではなくロジスティックス。喜多社長は、どの言葉も表面的に捉えることなく、深く本質を理解し、ご自身で再構築するという作業を繰り返しているようでした。金沢から少し距離を置いたようにも見える、喜多社長の「金沢人観」。100年後も変わらぬ良さが続くといいですね!

 

取材:林俊伍、林佳奈、丸山祥子

記事執筆:丸山祥子

取材日:2019年12月4日

 

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